フェニックス・ミュージアム
                          〜堺市立平和と人権資料館〜

2007年11月2日訪問


 泉北高速鉄道の深井駅から北西へ歩いて、およそ12分でソフィア・堺の愛称で知られる堺市教育文化センターに着く。そのうちの図書館棟の1階に、堺市立平和と人権資料館がある。

           

 堺市は1980年に人権擁護都市宣言、83年に非核平和都市宣言をおこなった。その趣旨を生かし、戦争の悲惨さ、平和の尊さ、人権の大切さを次世代に伝えるという目的で、1988年に平和と人権資料室(フェニックス・ホール)が開設された。94年には移転拡充して平和と人権資料館(フェニックス・ミュージアム)として開館した。

 展示室には3つのゾーンと企画展示コーナー、図書・ビデオコーナーがある。

    

 入ったところにあるのは、人権ゾーンである。そして、環境ゾーンがあり、一番奥が平和ゾーンである。平和の展示はいちばん後回しとも言えるが、スペースから見ても、いちばん中心にあるといえる。

           

 展示は、資料展示と「ハンズオン展示」と呼ばれる、見たり聞いたりさわったりする展示で構成されている。「ジオラマファンタビュー」という映像とジオラマを組み合わせたシアターで堺空襲を再現するコーナーもある。館の趣旨をメッセージに盛り込んだストーリー展示もある。新しい発想と技術を生かした展示で、子どもたちに受け入れられやすいだろう。映像による情報も豊富で、検索して見ることができるようになっている。

           

 展示方法だけでなく、内容も充実している。人権や環境のコーナーでは問題提起にとどまらず、解決に向けた未来志向の内容が展示されている。平和コーナーでは、まず、非核平和という視点で原爆の展示があり、“弁当箱”や“三輪車”のレプリカもある。

        

 地元堺の戦災については、国際都市として栄えた中世からの歴史の中で展示されている。
 その歴史を物語る、堺焦土層という地層の展示が目を引く。
 また、堺出身の歌人与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」も展示されている。戦前の堺の写真も多用して、郷土と戦争のかかわりをくわしく学べるようになっている。
 郷土の戦争となると、どうしても被害面強調になる。それを補うかのように、世界の偉人のことばが掲示されている。 ラッセルの「将来の戦争は勝利に終わるのではなく、相互の全滅に終わる」やJ・F・ケネディの「人類が戦争を終わらせるか、戦争が人類を終わらせるか」などを掲げ、戦争の解消を人類共通の課題としてとらえる展示がされている。

            

 フェニックス・ミュージアムは、平和と人権資料館という名前通り、人権の観点と平和の観点がうまく融合されている。展示メッセージが「いのちの大切さ」であり、それだけ見ると広義の平和教育になって反戦平和の部分が薄まるという危惧もあるのだが、地域からローカルに戦争を見る視点とグローバルに戦争を見る視点の両方がある。過去の戦争をきちんととらえながら、自尊感情を育てたり、身の回りから地球環境に目を向けさせたりして、これからの平和を考えさせる方向性を持った展示である。

            

 図書・ビデオコーナーはコンパクトながら充実した内容で、企画展示コーナーでは、訪れた日には「ハンセン病と人権」の特別展示をしていた。また、展示室向かいの小ギャラリーでは「絵画が語る平和への願い」と題して大阪ゆかりの画家大田健一の作品展をしていた。

 堺市立平和と人権資料館は、規模は大きくないが、平和と人権という方向性が明確で、展示や運営にも配慮がなされた、すぐれた平和ミュージアムであるといえる。



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